05 「 あの日のひかり 」
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いくつもの誓いが、傷んだ絹糸が切れるように、
あんなに、簡単に破られてしまった。
春を歌いながら、
木枯らしの冷たい茨をにぎりしめていた、あの朝。
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うれしいこと、つらいことさえ、いつまでも続かなかったわ。
唇をかみしめたり、
まつげをふるわせることが、いつものことだったから。
そう、いろんなことがあったわ。
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でも、後悔はしていない。
たくさんの悲しみ、いっぱいの喜びを
あなたとすごせたから。
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そう、ありがとう、なのね。
わたしのことを思い出してくれて。
いつも眺めていたの。
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この絵をながめた、あなたが、
何を、だれを思い出すのかしらって。
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涙を窓越しのひかりにかわかしながら。。
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カーテンをとじないでね。
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もう、そこには本は開かれていないでしょうけれど。
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願いをかなえてくれて、ありがとう。
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わたしのお気に入りだったこの絵。
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信じていたの。
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この絵の中に、
わたしが、一度だけ見えてくれると、いいなあって。
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Leon Wyczolkowski (1852~1936) Polish painter
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06 「 寡黙は、凝視の宴にて 」
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恐れやも知れず。
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憧れやも知れず。
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恐怖にふたときの宿を借り、
沈黙に半身を染めるのは、
月光に浮かびし、星辰。
あの逆落ちる畏怖にて、そおらえば。。
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わが姿に、何を見る。
わがまなこに、何を灯らせる。
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望みしものは与えまい。
問われしことには、答えまい。
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差し出すものだけを、受け取らん。
投げ出すものだけを、髄まで噛み砕かん。
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ぼとりぼとりと零れ落ちる、カンテラの黄色いあえぎ。
あえぎすら支えれぬ両の手を持つ者。
儚く錆びた震えをまといし者よ。
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観ることもなく、
祈ることもなく、
ただ、覗き込む者よ。
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われは、汝の名を知らぬ。
名もなきこころのありかも知らぬ。
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わが姿に、何を望まん。
わがまなこに、深々、寥寥たるいたみを与えし者よ。
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Frederic.
Frederic Remington (1860~1909) American painter
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07 「 ブルーとグレーの肖像 」
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こんな夜明けには。。
夜のさようならを聞きながら、
毛布の中で指を合わせてしまう。
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薄いグレーが、サテンの下地に織り込まれていくわ。
微睡みの中で薄羽根が、ふるっふるるっと、
こまかな鱗粉を散らしていって。
甘く梳かれては、ブルーのしずくがくすっと笑っている。
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またたきながら、あえかなシルエットがささやいて。。
そっと、そっと呼びかけるわ。
そっとなのに。。
呼びかける吐息に、
ふわふわと流されて、流されて行ってしまう。
見えたのに、わからない。
わからないのに、覚えているの。。
名前はわかるのに、顔をわすれてしまった人みたい。
ううん、顔はわかるのに、
名前を思い出せない人かもしれないわ。
夜の素敵な横顔を思い出そうとしていたら、
もう、およしなさいと、いつも言われてしまう。
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グレイとブルーが手を取りながら、
サテンの空をひろげていく。
あなたたちは、ときどき意地悪なことを言っているわね。
後ろ姿しか思い出せないのさって。
しずかに白い朝の扉を開きながら。。
そうよ、それでもいいの。
知っている?
星空を眺めていた、女の子がいたわ。
サン、ロレンツォの夜に。。
夏の夜がふけていっても。。
星のかけらが、きらめくのを待っているの。
お願いするために。
ロレンツォの涙が、一粒、すーっと横切っていって。。
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一年に、ひとつだけのお願い。
女の子は、そう決めていたのね。
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お月様を、残してくださいって。。
次の年には、
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水辺に暮らせたらって。。
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最後のお願いは、こうだったわ。
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美しい朝を見せてくださいって。。
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William Stanley (1835~1900) American painter
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08 「 夜の家 」
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行ってらっしゃい。
どれだけの夜が生まれようと、
あまたの季節が去りゆこうと、私はここに。
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行ってらっしゃい。
扉を開けたのは、あなた。
もう一度開けるのは、いつの日かのあなた。
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行ってらっしゃい。
振り返らずに、歩いて行ってね。
窓から漏れる灯が、あなたの心に言葉を
届けないうちに。
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行ってらっしゃい。
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さびしくなんかないわ、きっと。
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ノノクターンの夜には、水面のあの窓から、
あなたが手を振ってくれるの。
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Charles Rollo Peters (1862~1928) American painter
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09 「 耳に残るは。。」
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幸せ、不幸せ。
不思議な言葉さ、まったく。
ときどき区別がつかなくなるってのが、人生。
そんなときには、ここに立ちさえすればいい。
運がいいと、
ある言葉が浮かんでくるのさ。
いいや、聞こえてくるんだ。
何度この言葉に出会っただろう。
思うんだ、腕組みしながら。
すべての言葉が、使い古されて、
どんどん擦り減っていって。。
大事な言葉さえ、胸の深いところに紛れ込んで、
探しきれなくなって。
貴い響きの言葉さえ、輝きを無くしたとしても、だ。
ここに立っていると、
どうでもよくなって来る。
何を信じていたのか、
何を見ていたのか、
誰に傷つけられたのか、
誰を愛していたのか、なんてね。
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見たまえ。
見たまえ、そのままに。
言葉がどんどん消えて行っても。
名前がさらさらと消えて行っても、
ここにあるのは、ここにあるものさ。
立っていると、感じるんだ。。
誰かがつぶやいている。
ぽつんぽつんと、
耳から入り込んでくるのさ。
そろそろだって。
忘れ去られていた今日が、
昨日や、明日につながっていく。
今日は、なんど聞けるんだろう。
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道すがら。
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我が家で。
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お帰り。
お帰りなさい。
この、素敵な世界に、ってね。
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.Leon Wyczolkowski (1852~1936) Polish painter
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10 「 麗しのダンス 」
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あら、ありがとう。
楽しそうね。
いつから、踊っているの?
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なんて曲なのかしら。
やわらかな調べ。
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影さんまでくるり、くるり。
私が回ったら、あなたたちは、どうするんでしょう。。
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ちょっと、お出かけしてきたわ。
ほんの少し、落ち穂を拾ってきたの。
お花さんを摘めたし。。
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週末のお祭り、晴れるといいね。
みんな楽しみにしているんだ。
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ねえ、あなたたちも来るんでしょう?
美味しいもの食べれるし、にぎやかよ。
そう、ダンスコンテストもあるんだから。
えっ、知らなかった?
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ぜひ来てよ。
その不思議な拍子のダンス、みんなに見せてあげて。。
いつか、わたしにもステップ教えてね。
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ダンスの下手な父さんに、教えてあげたいんだ。
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Paul Peel (1860~1892) Canadian painter
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11 「 第三惑星に集えば 」
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Mercury
Venus
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Mars
Jupiter
Saturn
Uranus
Pluto
Neptune
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その次は。。。
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どう、気持ちいいよね。
これが海辺さ、
夏の海辺。
潮風っていかすだろう?
僕もごきげんさ。
ストローハットの隙間から、まぶしい光が
きらきらと手を振っている。
お日様っていいだろう。
君たちも楽しそうだね。。
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ようこそ。
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ようこそ、第三惑星へ。
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君たちを歓迎するよ。
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Paul Peel (1860~1892) Canadian painter