15 「 ある老人のお話 」
いやはやと、言うよりも。。
これはこれは、ですな。
お集まりの、紳士に淑女の皆様、
ごきげんうるわしゅうございます。
巨人が雲をつかむようなお話、
度肝を抜く銀騎士の武勇談は、できませんが。。
ちょびっと苦く、
ちょびっと甘いお話でよかったら、
記憶の許す限り、
言葉を無心に紡ぎながら、
お伝えしようと存じます。
あっという間に始まり、
あっという間に終わるお話が得意なのですが。。
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そうです。
暑い日の手に持ったアイスキャンディーから、
一滴の雫が落ちるまもなく、
大団円となるような類いのモノが。。
いけませんね、
前口上はこのくらいにしておきましょう。
それでは、始まり、始まり~♪
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Alexander Mark Rossi (1840~1916) British painter
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一人の少年が、
ビランコ湾の港町、タネプトに住んでいました。
年の頃は10歳前後。
あなたたちよりはちょびっと年上ですな。。
彼はどこにでもいるような、
根っからの明るいタネプト子。活動的で、
遊びが食事より好きで、何より海が大好きなのです。
学校が終わったら、友達と遊ぶことをせずに、
海の方に走っていくことがあります。
桟橋の先端に一人で座るのが大好きでした。
真っ青な空とどこまでも広がる海。
荷下ろし用のウィンチや、停泊用の係留柱でボラートと
呼ばれているものの上に腰かけるのです。
気持のいい風を受けながら、眺めたり、考えたり、
時には大海原に話しかけたりしています。
別に病気とかではないですよ。
そのころの男の子にはよくあることですから。。
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少年は、父親の道具を借りて、
黙って借りているのですから、
無断拝借ということになりますね。
ボラードの上に腰かけて、
そいつを使うのが好きでした。
なかなか、風変わりとまではいかなくても、
伸びたり縮んだりする楽しい道具ですから。。
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そう、それは
遠くのモノを自分の方に近づけてくれる、
遠眼鏡というものです。
水平線に現われる船の帆柱や、煙突を、
誰よりも先に、見ることが出来ますし。。
潮を吹く大きなクジラを見たこともあります。
それはちょびっと鼻の高くなる気分でした。
知っていますか?
何が見えるのか。。
何を見るのか、
何を見たいのか、とか。。
探しモノではないのに。。
そう、簡単に言うと、
見えてしまうことがあるのです。
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わかりますか?
そうですね、例えば。。
首は何のためにあるのか?
そう、そのとおりですね、紳士諸君。
それは正しい使い方です。
クルリと、クルクルッと回すためにあります。
そうですね、淑女のみなさん。
二つの輝く目がキョロキョロと見回すのが
大好きなように。。
モノにはたいてい
生まれながらの性格というものがあります。
首や目も一緒。。
時には同時に使ったり、
首と目を一緒に動かすと。。
気持ちいいくらい簡単にできてしまいます。
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少年のお気に入りの道具。
遠くのモノを近くに見るための望遠鏡ですが、
海の向こう、空の向こうばかりでなく、
違った方向にも向けたくなります。
例えばです。
こんな風に。。
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何が見えたのかは、定かではありません、
私もちゃんとは覚えていないのです。
ただ言えるのは、少年はしばらくすると、
遠眼鏡の向きを変えたということです。
だから?
だから何??
そうですね。
そのあと、ちょっとしたことが起こります。
あなたたちも経験があるでしょう。
老人の私よりも、ずっと上手にできること。
最近では私なんか、言葉の存在さえ忘れそうで。。
ほら、夢というモノです。
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そうですか。。今朝も見ましたか?
きっと良い夢でしたね、その笑顔ですから。。
その日の夜、少年も夢を見ました。
それなりに素敵な夢を。。
華やかで豪華で、少年にはビックリというか
想像したこともないくらい立派なお部屋、
お城の大広間のような場所に彼はいました。
キラキラ輝く魔法のような音楽があふれています、
ついでに見たことの無い立派なおごちそうも。。
素敵な笑顔の人々がたくさんいました、その部屋には。
息をのむような、目を見開くような、
そう、ちょっとだけ息をするのをやめて、
瞬きを忘れるくらいの、すばらしいお部屋でした。
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少年は、目が覚めると、
しばらくベッドから出てきませんでした。
不思議ですね。
何となく元気が出てこないのです。
のろのろと朝の時間が過ぎていきます。
少年は遠眼鏡を持って、お父さんの部屋に行きます。
うっかりと、借りたモノを返すのを忘れていたのです。
黙って借りたモノですから、
少しだけ心が固くなりました。
でも返そうという気持に変化はありませんでした。
案の定、お父さんに小言を言われます。
でもそれは、
少年が思っていたよりもずっと短いモノでした。
少年が夢の中で見たこと、感じたことを、
ちゃんとお父さんに話したからでしょう。。
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腕組みをしたお父さんは、
しばらく考え事をしています。
カーテンがハラハラと揺れて、
ベランダのお花さんたちの香りを運んできました。
近くの林から、コーラスの練習を始めた鳥さんたちの
歌声も聞こえてきます。
お父さんは口を開きました。
大きな声ではなく、それはどこか、
学校の先生のような真面目な声でした。
お話が終わると、一つの約束が結ばれました。
お父さんは桜材でできた大きな机の方に行き、
袖の引き出しから変わった道具を取り出しました。
それを少年に手渡します。
えっ、そうですね。。約束はですね。
一つの約束ですけど、二つに分かれていました。
お話に始まりと終わりがあるように、
犬さんに頭としっぽがあるように。。
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遠眼鏡は最低一年間、お父さんがいいと言うまで、
触らないことが、約束の頭の部分です。
そして、しっぽの部分は、
渡された道具の勉強をすること。。一週間に2回、
お父さんが使い方を教えてくれることになりました。
世の中にはいろんな道具があります。
すぐに使えるモノもあれば、準備をしたり、
練習、お勉強をしないと使えないモノもあるのです。
「少年は約束を守ったのか??」
そうですね、確かに。。
いい質問、大事な質問かもしれません。
不思議なことに一回も休まずに
道具のお勉強をしたみたいですよ。
「どんな道具ですか??」
それもいい質問ですね。たまたまの偶然ですけれど、
私のポケットに道具の小さな模型が入っています。
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ほら、こんなものです。
「何に使うのか?」
そうですね。
「何故、少年は夢を見て元気を無くしたのか?
素敵なお部屋だったのに、可笑しいわ。」
「絶対、絶対よ! 変なお話にしか聞こえないわ。」
そうですね、申しわけありませんでした。
大事な箇所を飛び抜かしていました。
ちゃんとお話しますから、機嫌をなおしてくださいね。
夢の中で、少年は立派な部屋にいました。
とてもとても広いお部屋です。
街が一つ、すっぽり入るくらいの。。
少年は部屋の向こう側にいる人たちを、
遠眼鏡で見ています。
同じ部屋ですけれど、とてもとても大きかったのです。
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着飾った素敵な人たちが、
楽しそうにしているのですから、
少年は少しずつ心を奪われていきます。
部屋の向こう側に行きたいと思います。
歩き出そうとして、少年は気づきました。
遠眼鏡をポケットに直す、入れようとするのですが、
手から離れません。
離そうとしても膠で張り付いたようになっています。
それから。。
歩いているはずなのに、部屋の向こう側の人たちは
近づいてこないのです。
困った少年は、手を振ったり回したりしました。
必死に動かしていると、
ビュッと外れて飛んでいきました。
駆け寄って遠眼鏡を持ち上げると、
ケースに大きなへこみが一カ所、そして、
レンズが割れていました。。
落胆した少年は、困ったと呟いています。
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そして、気づいたら。。
広いお部屋は空っぽ、向こう側にいた人たちは、
一人もいなくなっていました。
音楽も、おごちそうのお皿や、
豪華なシャンデリアまでも。。
ガラーンとした街のように広い部屋の中で、
彼は一人っきりです。
そして、夢は終わりました。
この模型は、6分儀のミニチュアです。
少年はこの道具で太陽と語り合うことで、
自分の位置がわかるようになりました。
それからお星様のことや、いろんな風のことも。。
少年は大きくなってからも、
あの日の夢を忘れることはありませんでした。
そして、お父さんの言葉を。。
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約束をする前に、お父さんが説明してくれました。
遠眼鏡は、
遠いモノを近くに、きれいに見せてくれるけれど、
その近づけた場所には連れて行ってくれない、と。。
だから、
遠眼鏡を使うときには、大事な呪文があるのさ、と。
知っていますか?みなさん。。
「心は預けない、決して。
ネカルカ、ノンポリコ、ネカルカーナ。」
昔からの船乗りたちの呪文です。
遠眼鏡は遠いモノを近づけて見せてくれるのと同時に、
見ている人の心と魂を、
向こう側に運んでしまうものだったのです。
それはとっても危険なことです。
それでお父さんは、遠くに行ける道具の使い方を
教えることにしたのです。。
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そう、もうお分かりのようですね。。
遠くに行けるならば、戻ってくることもできます。
見ること、行くこと、戻ること。。
この三つがちゃんとできて、
初めて一人前の船乗りになれるそうです。
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16 「 上を向いて 」
お天道様がまぶしすぎるってこと。
猫も杓子も上を向けばいい、てなものじゃないよね。
そうさ、
腕が翼のように軽い日もあれば、
ちょいとばかし重く感じる日もある。
後ろから
笑い声が追いかけてくる。。
そんなことは気にしてもいないけれどさ。
いいこともあれば、悪いこともあるってこと。
今日はありがたいなあ。
何にでも初めて、最初というやつがある。
ありがたい、
いや、まったくだね。
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人生という言葉が、今日生まれたよ。。
ノアの箱舟ってあるんだ。
誰を乗せるのか、僕の自由。。
そんな感じさ。
それと、ポケット。
頼りになるよ。
君は最高の友だな。。
いや、本当にありがたい。
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Francis Coates Jones (1857~1932) American painter
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.「 Intermission 幸せなとき 」「」
南欧,ギリシャと言えば、
Zorba , Vangelis ..
実はね、お気に入りの画家さんも数人いて。。
その中の一人。
ちょっとだけ、並べてみようと思う。
並べるだけで幸せなときなんだ。
目休めになってくれることを願いつつ
素通りする人は、軽く片目をつぶってくれると、
ありがたいかぎり。。
彼の名は、Michail Oikonomou ..
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17 「 緑鏡 Silent garden 」
散策するのはここまでと決めている。
毎年じゃないけれど、
この季節が多いのかな。
夜明け、夕暮れの頃とか、
時間も決めていないけれど。
山あいから、
何気ない風がそよそよと、
誘いに来てくれるの。
そろそろかもしれませんよ、
でも、自分でお決めなさいなって。
ちょっとだけ緊張するわ。
一人で来るから。
なぜかしら、
いつも一人で。
彼とも来れないの、家族とも。。
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一人でと、風さんがささやくから。
嬉しいような、
でもちょっとだけ胸がどきどきするの。
こころの中でまとっている、
ブラウスやスカート、
コートや靴、マフラーまで、
ぜんぶ衣替えが始まるから。。
今年はこうですよ。
春は、夏は、
それから大好きな秋はこんな感じで。。
ちょっとだけ
感じるのかな。
うれしさ、悲しさで織り上げられた、
こころにまとった衣装を。
何枚重ねているとか、
どんな柄かとか。。
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じっと眺めているだけなの、ただそれだけ。
話しかけもしないし
じっと眺めている。
おかしいわね。
中には入っていかないのよ。
ここでじっと佇んでいるだけ。
でも
いつか近づいてみようかなって、
見上げてみて、さわって
話しかけてみようって
そう、いつかね。
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Santiago Rusinol (1861~1931) Spanish painter
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18 「 Zorbas 」
やっほう、
初めまして、かな。
そうだ、「ようこそ」にしよう。
君ってついているよ、
ラッキーってことさ。
何事にも始まりってやつがあってね。。
キラキラ輝く光にだってあるんだ、うん。
とにもかくにも、おめでとうだ。
君にとっても、僕らにとっても。
いつか思い出してくれ。
すごい出会いだったんだと。
10年後かな、
僕らはきっと世界を征服している。
この街の誇りになっているよ。
覚えていてくれ。
Zorbas
素敵な名前だろう。。
もう一度だけ言おう。
「ようこそ、この街へ、この家へ。」
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Georgios Jakobides (1853~1932) Greek painter
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18 「 Who am I ? 」
誰なのかしら、私は?
この人?それともあの人かしら。
あなたは誰?
あなたたちは。。
おかしいわね。
どこかで気づいたの。
誰かがいないということに。
それは私だった。
私はいないんだって。。
最初は悲しかったし、悔しかった。
でも、そのあとに気づいたの。
演じようというわけではないわ。
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それはきっと簡単だから。
そうじゃなくて。。
ばらばらでいいのかなって。
こだわらなくても、
今日や明日が大事よねって、力まなくてもいいのかな。
私はいないの。
そう、でも。
どの人にでもなれるの、きっと。
でも、そうはしない。
だって、そうでしょう?
私が私なの。
これって、とても嬉しいことなのよ。
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Thomas Cooper Gotch (1854~1931) British painter
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20 「 無心往来 」
こころ
心
たましい
魂
美
うつくしいこころ
うつくしいたましい
わかるけれど、よくわからない。
ときどきこれでいいのかなって。。
心が無いって、どういうことだろう。
心が無くなるってことなのだろうか。
心を止めてしまうということなのかな。
魂
魂が無いってことあるのだろうか。
魂を止めてしまうってことあるのだろうか。
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そうだよ。
息をのむ
息を止めてしまうこともあるじゃないか。
いけない
また忘れていた。
親方から言われていたんだ。
つぶやいている間は、
口を動かしている間は
手が止まってしまうぞってね。
でも
そうなんだ。
間違いかもしれないけど。。
うつくしさ
うつくしさより大事なものがあるのだ
それは
笑顔かも。。
この世の中の
笑顔をひとつでも増やせたら
僕はそこを目指していこうなんて思っているのさ。
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Toby Edward Rosenthal (1848~1917) American painter
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21 「 遠くにありて Long distance 」
うまくいくことも、
いかないことも。。
困りましたね、
手持ち無沙汰ではないのよ。
何をすればいいのかわからない。
祈るのがいいのかしら。
でも何回祈っても、うまくいかないの。
そばにいれないから?
きっとそう。
何度手を合わせて、
しっかり指を組んでも、
心が落ち着いてくれない。
祈りたいのに、祈れない。
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本の中には、きっと答えはないの。
それはわかっているけれど。
あのお話は、この本だったような。。
そうよ、このお話だわ。
主人公が浮かぬ顔をして呟いている。
僕はなんて不幸なんだろうって。。
つい、彼女の前で。
特別な事情があって、
一年のある一日は、
二人は会うことができないの。
事情が特別なのね。
でも、その日はもっと特別。
だってその日はクリスマスなんだから。。
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恋をして
たくさんの幸せな年を重ねてきたのに、
その日だけは会えないの。
ある年のこと、とうとう彼は辛そうにつぶやくの。
クリスマスを一緒に過ごせたら、
どれだけ幸せだろうって。。
しまったと彼は気づいたの。
彼女も苦しいはずだと、わかっていたから。。
それで謝ろうと、彼女の顔を見たの。
そうなのよ。
そうだったの。
彼女はニコッと笑いながら答えるの。
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「大丈夫よ、私は。
だって、あなたに会える日は、
毎日がクリスマスだから。。」
可笑しいわね。
本当に可笑しい。
その本の後書きに、作者が書いているの。
わざわざ、よ。
あの彼女の台詞は、本当にあった台詞なんですって。
そして、
彼の人生で出会った、
一番素敵な言葉、言葉の贈り物だって。。。
大丈夫。
そう、大丈夫。
きっとあの人は元気になってくれる。
大事な時に、そばにいてあげれないけど。
気づいたの。
そう、もう暗い顔はしないわ。
明るい顔をして、祈りましょう。
一生懸命、笑顔で祈ってあげる。
きっと彼は元気になってくれるから。
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Franz Dvorak (1862~1927) Czech painter
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.. 後書き
.。。
~~~ 後書き ~~~
個人的に第5作で、
第一シリーズは完結と考えていました。
これといった理由もなく、漠然とですが。。
第二シリーズは、年末か来年にスタートします。
シリーズ再開の前に、すべきことがあります。
それは、アンソロジーを一冊、作り上げること。。
2018年春から初夏に出来上がればと、
楽観的には構えているのですが。。
予定は未定という落ちがつかないように、
季節を重ねていきたいと思います。
今回、「Walking in the pictures V」を仕上げながら、
いくつか嬉しいことがありました。
ひとつは表紙に、
Tom Thomsonの絵を使えたことです。
それから、ギリシャの画家さんたちに、
本編と、インターミッションで登場してもらえました。
このことは、やっと、ようやくの感もあります。
なぜかは判然としませんが、
少しだけ不思議な気もしています。
最後に
ここ数年で、辰星落落と
知人が星の世界へ旅立ちました。
その人たちへ、極北の微光と、
どこか未完成なこの本を、お届けしようと思います。
笑顔と希望に、感謝を添えて。。
モッキングバード