01 「 普通の一日 」
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可もなく不可もなく
彼女と口けんかもせず
食事に不平もいわず
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つらいこと、哀しいこと、そこそこに
うれしいこと、笑えること、そこそこに
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仕事は軽すぎず、重すぎず
疲れはほどほど、たまりすぎず
振り返る幸せは、忘れるほどには、遠からず
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寒きこと、上着の襟を立てれば十分にて
暑きこと、袖をまくればほどよくて
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目が覚めて、空気をしずかに吸えること
胸に手を当て、鼓動が感じれること
いくつかの痛みが
小声で教えてくれる、今日の体のありがたさ
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何はなくとも、求めずとも
朝日を眺め、夕暮れを見送る
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本を手に取り
祈りの言葉の いくつかあることの幸せ
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Marianne Stokes (1855-1927) Austrian painter
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02 「 18番目の願い 」
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18番目はね、何かしら
ギョウムおじさんの、あの素敵なガゼボは
もうお願いしたし
あなたのお気に入りのお皿さんも
一ダースお願いしたわ
お母さんの笑顔
お父さんのやさしい手
あのお月さんに手を伸ばせたら
わたしのサインを書き込んで浮かべてあげるのに
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欲張ってはいけないのよね
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お友達は
大事なお友達はあなたがいてくれるし
そうよ、あまり欲張ってはいけないの
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あなたがそばにいてくれる
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知っている?
あなたとお友達になれてから
不幸せなことは数えなくなったの
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Briton Riviere (1840-1920) British painter
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03 「 パラダイス1丁目 」
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なかなかおしゃれな制服だろう。
勉強?好きだよ、もちろんさ。
なぜって聞かれたら、笑っちゃうね。
面白いからって、答えておくよ。
俺たちは、優等生。
学校ほど楽しいものはありゃしない。
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ちょい困ったことに
いつも開いているわけじゃない。
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季節限定の学校ってこと。
この学校は不思議だ。
順々に世界の夏を回っているらしい。
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パラダイスの一丁目。
取りあえず、僕らはそう呼んでいる。
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大事なことを言い忘れていた。
ここを知らない人もいるらしい。
思い出せない人もいるってことかな。
入学するなら、相棒と一緒がお勧めさ。
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希望者のために、所番地を教えてあげよう。
パラダイス、海岸通りl丁目の7番地、忘れないでね。。
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Giuseppe Giardiello (1877-1920) Italian painter
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04 「 星の庭 」
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夜明けぬうちに
白亜のひとつ星に歌いかけられたものですから
足が向いてしまったのです
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海風をいざなう、宵落つる笑みが
老松の右肩のところで煌めいていたのです
ほんのりと薄い紅をぬりこめて
こころが思い出したのです。
さやかな瞼のまたたきを。
この場所に足を向けなさいと、
幽かな追憶の香りに、みちびかれ。。
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ただ
思い出しただけなのです
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屋根もなく、壁のない世界のことを
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またたきが
ふたつの明星が、瞳にともるころ
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世界は、静けさのなかで
数十本の言葉なき柱に支えられ
ただ安んじていることを
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Charles Conder (1868-1909) English painter
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05 「 夕陽のメロディー 」
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背中が煤けているよ、あんた。
無くしちまったのは
東のガラス細工の街から漂ってきた、あざとい希望かい?
胸の裏地に縫い付けられた呪文のせいで
南の奴らに追いかけられているとか
まあ、おいらには関係のないことさ
通りすがりのあんたに関わりをもとうなんて、
みじんも思っちゃいない。
未来に追われている。。
過去を捨てたいのか、それとも今ってやつに
とことん愛想づかしされただけなのか。。
いずれにせよ、あんたのなかじゃ
歯車の軸棒がよたよたと蠢いている
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時の刻みに見捨てられた運命ほど、碌なものはありゃしない。
底の傾いたショットグラスに、
琥珀色の火酒をなみなみと注ごうとするようなもの
一杯になったかと思ったら、グラリって案配さ。
そのうちに疲れてしまうか
注いでやる運がありゃしないって気づくのさ
悪い癖でね。
しょうもないことを喋っちまった。
お詫びにこの曲はどうだい?
おいらが奏でるメロディー、
道連れくらいにはなれるかもしれない。
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「流れ者のワルツ」
尻尾のついた相棒しか聞いてくれるやつがいなくてね。
この前弾いたのは
砂塵の絶えない村外れ酒場の手前さ。
涸れ井戸のところで行き倒れた
髑髏に聞かせてやったときだった。
曲が終わると、眼窩の右の凹みから
くたびれた黒蛇が拍手してくれたっけ。
気に入らなかったら、そのまま立ち去ってくれ
腰に巻いたガンベルトの中で
待ち続けているコルトのリボルバー
撃鉄を起こすときに、気づいてくれるかもしれない
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風穴をあけられるときに
思い出すのかもしれない、このメロディー。
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ひとすじのおぼろな煙になって
あんたの魂が立ちのぼっていくとき
こいつも連れて行ってやってくれ。。
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Jozef Chelmonski (1849-1914) Polish painter
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06 「 とんがり帽子のご挨拶 」
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「ねえ、君、知らない?
きっとこのあたりだと思うんだ。」
「置き忘れたのかな。。
落としたのかもしれない。」
「何か気づかなかった?」
と、独り言を繰り返しても、
誰も答えるものはいません。
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三日前の晩です。
月の雫が、バラの葉っぱに浮かんでいて
コロコロと揺れていました。
落ちようか、身を投げようか、迷っているという案配に。
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菩提樹の葉っぱの下、
枝のちょっとだけ付け根に近いところに
芥子を塗り込められたような子供のリスが
座り込んでいます。
そして上を見上げているのです。
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青い闇に流れる雲のひとつにこころを奪われて。。
眼差しの最果てを握りしめられていたのかも。
いえいえ、
こころ根を、根こそぎ抜き取られていたのかもしれません。
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あたりかしこの闇の呟きが、
とうとう先触れに出会ったのでしょうか。
森の守人、厳格なる樹上の監視者、
フクロウ君の歌声と羽ばたきのデュエット、
冷たき痺れの三連符ってやつが聞こえてきました。
子リス君、おののきの涙を右胸の浅いくぼみに、
ぴっとんぴっとんと垂らし続けています。
いつのまにやら夢が現に、現は幻に。。
命の限りのお別れが水面に浮かべていたってこと
のぞき込めば、またまたのぞき込まれて。。
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目をそらそうとすればするほど、引き寄せられて
月の白きため息が、瞳の中に、瞼の上からも
やんわりとしみこんできます。
痛みや恐れが、一枚一枚と薄皮が剥がれていきました。
甘やかなる恋や夢は、ニガヨモギの味がする、
現の仮想にも遠くおよばぬものと、古からの歌にもあるとおり
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さてさて
一風変わった、口上にて始まりしいくつかのたわむれにも
そよそよと、お開きの風が吹き始めました。
コミカルに踊ったアンブレラは
とうとう気を失ってしまい、横たわっています。
キラキラと明るい日射しの中で、本当にご苦労様。
のどを潤わしてくれたワインはバスケットの中で
うとうとと物憂げに思い出し笑いしています。
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お気づきですか?
私めの、大のお気に入りのピンクのボンボン。
皆さんはボタンと呼んでくださいますけれど、
上からの三つ目がプラプラと取れかけています。
真っ白くも、いとおしいとんがり帽子の
ピンクのリボンを恋しがっているのでしょうか。
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さても、さても、不思議。。
私の涙のしずくはどこに消えたのでしょう。
あなたたちの笑顔の中に、紛れ込んだのでしょうか?
いえいえ、わかっているのです。
あなたたちの美しい笑顔に、恥ずかしかったのか
さきほど手を振りながら、旅立ってしまいました。
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いつわりの、書き込まれた涙は、
あたたかな笑み、笑顔のまぶしさに恥ずかしくなって
旅だってしまうものなのです。
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もうお気づきになられましたね
私めの美しくも荘厳な、真っ赤なまん丸い相棒も。。
これまた、いずこかへと行方知らずに、相成りました。
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これにて、これにて、
真夏の昼の宴が、終わらんとしています。
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えっ、落とした、私のこころはどうしたのですか?って。。
子リスは、希望のかけらを探し出すことができたのか?
私には、描かれた、涙のしずくはあったとしても、
落として探すようなこころは持ち合わせておりません。
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不実で、移り気な、輝き石。
かくもはかなく、美しすぎる
こころという名の宝石は、
あなたがただけのものなのですから。。
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Tessier Louis Adolphe (1858-1915) French painter
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皆様のすてきな笑顔のおかげですね、きっと。
このようなものが私のポケットに。。
希望のかけら、探し物の代わりに、見つかったのは、
月夜にサラサラと舞い落ちる銀粉を、頬紅に塗り込める
あやかしの妖精さん。
だいじなだいじな、想い人のプロマイド
楽しき時間の、忘れ形見に、
一枚ずつ進呈いたします。
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ただ、ひとつだけ、お約束を。。
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冬の木枯らしの頃、
細く削られたお月様の晩にはのぞいてはてはなりません。
見てはなりません。
月光りのマドンナは、ほんの少し不機嫌で。。
あなたさまの瞳の奥にウィンクを
永遠に残るやもしれぬ
ウィンクをプレゼントしてくれるかもしれませんから
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Alice Pike Barney (1857-1931) American painter
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07 「 ビート 3分の2 」
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鼓動ってコミカルさ
パルスの軽快な連打が気持ちよくって。
ついでに言えば、ゆらゆらとした睡眠もね。
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半眼という言葉もあるみたいで
二小節分くらいつらつらと迷い道をしてしまう。
つまらなく、意味もない、
答えすらない疑問がノックするのはそんなとき。
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究極は、そう。
僕は何者?ってやつかな。
扉が開いているから、通れる。
シャッターを押してもフィルムが入っていなければ。。
記憶の感光板は、劣化と未処理のすき間で、
アクロバティックな綱渡りを始める。
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でも、愚問さ。
僕が何者か、
どこから来て、どこに行こうとしている。。
なんてことより、直近、命綱の命題は。
僕の漂流しかけている意識が、
要予約のゴージャスな宿を求めているのか、
仮そめの木賃宿なのか。。
つらつらと
思ってしまうわけ。
風変わりで不可解なものの前にたたずんで、
安易に意識を放棄していいのか?って。
夜の聖霊さんに嫌われたらしい。
ほんのすこしだけれど
不眠の甘い味を覚えてしまった、今日この頃さ。
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Albert Anker (1831-1910) Swiss painter
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「 ビート ゼロポイント3 」
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静止
静止には、二通りあるらしい。
外面的な静止、内面的な静止
もっとあるかもしれない
時間的な静止
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僕はちょっと感謝している。
そう、
静止と、停止の間には
無限の距離が
無数の解釈があるという仮定に
たどりついたのだから。。
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君、眼差しを静止させ、心を停止させて、
僕の明日を形而上学的に俯瞰してくれないか?
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Albert Anker (1831-1910) Swiss painter
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「ビートはメロトロン」
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「本当にこれでいいの?」
「そうよ。」
「ねえ、誰から教えてもらったの?
もし、その人のなかに、悪い、邪な心が眠っていて。
夕暮れ前のコウモリ達みたいだったら、どうする?
洞窟の天井に張り付くように、
運命の始まりの鐘を待っていて。。」
「大丈夫だって、ハンスは信頼できるの。
エリザベートのお話はあなたも知っているでしょう?」
「あれは、隣町の噂じゃあないの?
三つ以上あるみたい、結末が。。」
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「そんなこと、気にしないでいいの。
あきらかでしょう。。
方法がひとつだから、答えもひとつ。
あなたとわたしの、評価は分かれるかもしれないけれど。」
「ひとつしかない現実というのは、
なんとなくわかるけれど。。」
「今、あなた笑わなかった?
黙って見ていてくれないと集中できないわ。」
「ごめん、つい思っちゃった。
彼が、ポプラの木の下で
どんな顔をして立っているんだろうって。
何かおかしいって、気づかないかしら。。」
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「破れていく心の音は、聞こえないのよ。
キューピッドの矢だって、心に刺さる音って、
話題にもなったことないでしょう。。」
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「新しく生まれてくるこころに、
わたしたちの言葉が、祝福を与えてあげれるかしら。
愛の洗礼、だよね。」
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Albert Anker (1831-1910) Swiss painter
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