07 「 再会 」
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よお、ひさしぶり。
気持ちいいものなんだぜ。
通せんぼってやつは、さあ。
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知らんぷりかい?
それは、ないよな。
何か言ってみろよ。
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僕のことを知らないって?
そいつはひどい冗談だぜ。
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去年の今月今夜、いや今日みたいな一日だったね。
牧場からの帰り道だった。
僕はよく覚えている。
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だから、君は真っ赤なウソつきってことになる。
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まだ、思い出せないかい?
困ったやつだな。。
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後ろの手に持っているもの?
あれっ、気づいたのか。
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君って、目ざといね。
さあ、そこで質問だ。
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これは、何に使うのでしょう?
三つ、選択肢をあげようか?
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一つ目は、これを振り上げて君の。。。。
二つ目は、この中に君を。。。。
三つ目は、。。。。
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なかなかいい質問だろう?
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今日は気分がいいから、見逃してやろう。
特別にだぞ。
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おっと、大事なことを忘れていた。
見逃す代わりに、去年のことを忘れるって、ここで誓いな。
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おまえさんを見かけて、逃げ出した少年のことを。。
これから、僕のことを「危険な大王様!」と、呼んでくれ。
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みんなに、伝えておいてくれ。
危ないやつが、やってきたぞってね。
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Paul Peel (1860~1892) Canadian painter
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08 「 Miraculous or Misterious 」
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夢と希望の違いって、
明け方のはぐれ風に運ばれる、雨粒みたい。
一粒の冷たさほどにも、意味があることかしら。
あなたが嵐なら、私は吹雪さって、
言い合っている 哀しみと涙。
答えを確かめもしないで、
同じ質問を繰り返しているの、あきもせず。
夜とお昼はどちらが先か、みたいに。。
いつか、大人になったら、
そんな話を書こうと思っている。
きっとね。
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でも、わからないこともある。
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明日のお天気は?
今日のテストには、どんな問題が出るの?
答案を返してくれるとき、先生の目や眉の間は?
学校から帰るときは、困った顔かしら。
それとも仲良しの友達と。。
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わからないことは、もうひとつかな。
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なぜじっと見ているの?
明日もあなたはそこにいるの?
昨日と同じように。
気持ちよく学校に行きたいんだけれど。。
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お願いがあるんだ。
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ちゃんとわかるように描いてくれる?
疑っているわけじゃないの。
でも、ときどきあるでしょう?
間違えられることって。
笑えるけれど、悲しいじゃない?
どうにもならないことだけれど。
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お月様と太陽は、間違えられることないのにね。
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ねえ、信じている?
神秘とか、奇蹟ってものを
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Jules Bastien Lepage (1848~1884) French painter
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09 「 風、ひとみいろに 」
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ふさぎこまないで、あなた。
いいのよ、これで。
わたしは、わたしなの。
ここにいるでしょう、笑顔で?
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ほら、そとの世界は、とっても穏やかだし。。
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わたしの目に映るもの。
それをあなたは探している。
見せたいのね、描きたいのね、きっと。
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わかっているわ。
描けないのじゃない。。
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わたしのまなざしは、
わたしを見ている人たちのまなざし。
そして、あなたのまなざし。
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嬉しかったのよ。
毎年、わたしの絵を描いてくれて。
結婚記念日に一枚、一枚。
そこには、ちゃんと。
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心配しないで、
わたしだけの画集だから。
誰にも見せないわ、子供たちにも。
なぜって、皆さんが訊ねるわ。
わたしが笑顔でいられるから、不思議そうな顔をして。。
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あなたは言われ続けるかも。。
描けなかった人、って。
ある人たちは、難しい言葉で、説明してくれるでしょう、
感嘆、賛美しながら。
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あなたは、覗き込みたくなかったのかも。。
しずかに見つめてしまう人だから。
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でも、それだけではないわ。
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気づいている?
あなたの描いてくれた、私の瞳。
瞳の中に、あなたが映っているの。
気難しい顔をして、でも、すこし恥ずかしそうに。
くしゃみしたキンポウゲが笑っているみたい。
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描かずに、表したいだけ。
尊いものは、尊いものを描かなくても、
きっと表せれる。
いつか寝言でそう言っていたの。
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春の風は見えないけれど、
春になれば感じれるもの。
手のぬくもりはさわれるけれど、見えないでしょう?
リューゲン島の思い出がありますもの。。
白亜の断崖と、わたしたち。
わたしは笑顔ですよ、昨日も、今日も。。
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ごめんなさい、考え事をしていたわ。
えっ、何も言っていないわよ。
本当ですよ、何も。
可笑しな人?
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右足をちょっと引けばよいのですね。
これで、いいかしら。
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ううん、まだ疲れていないから。
気にしないで、筆を進めてくださいな。
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わたしの大事なダビッド。。
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Friedrich Caspar David (1774~1840) German painter
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10 「 To paint or not to paint … 」
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「。。。。。。?」
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「何故と聞かれても。
どうしても、としか、答えようのないことも、あります。」
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「。。。。。。?」
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「いろいろなものに名前がありますね。
木や、花にしても、家、建物、人、季節や、そう、
今、昨日、来週とか、時間にまで名前がついていますし。。」
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「。。。。。。?」
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「言葉は不思議です、意味深、清澄な力があるみたいで。。
もちろん、私には使えません。
どんなに並べて、工夫しても、感じている何かを、
表せないのです。
だから筆を握るんです。
キャンバスの上にしか、怪かしは映ってくれませんから。」
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「。。。。。。?」
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「すいません、通り一遍のことしか話せなくて。。
しかし、指でガラス板の上に絵を描く人もいますし、
伸ばした爪で、こそぎながら夕暮れの神々しさを
深めていった人もいますから。」
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「。。。。。。?」
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「岬の先端に寂しく立ちつくす、老いたる松の木。
海をへだてた、幾千海里も離れし、
同胞への呼びかけですか?
わかりません、描けるかも。。
仮初めの連鎖は辞めておきましょう。
砂粒を一握り、沈黙の砂漠に帰すだけでしょうから。。」
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「。。。。。。?」
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「こんな絵はいかがです。
この絵をしばらく眺めたら、
それから、目をつぶってください。
静かに想ってみるのです。
何がそこに残っているのか。
言葉をさがすかもしれませんが。。
でも、言葉に頼らずに、
目をつぶって、ゆっくりと歩いてもらいたいのです。
歩きながら、肌や耳、まぶたの閉じられた瞳で感じてみる。
多すぎるものや、
欠けているものが見つかるもしれません。
あなたはみんなの中の一人かも。。
完全な孤独の虜かもしれませんし。
それが、あなたの答えなのです。
. そして、画家が伝えたかったものの、ひとつかも。。」
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「。。。。。。?」
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「あなたの心が自由な羽ばたきを、まだ覚えていたら。。
青白き馬に乗った、影の騎士と出会えて、
深き、暗き谷をあてどなく彷徨いつづけたり。。
天から、細かなものが、降り注いで、
手にも、何かが握られていたら。。
感じないこともあります、よくあることですから。。
そんなときは笑顔で立ち去ればいいのです。
私のようにね。
すいません、生来の天邪鬼ときているものですから、
まともなことが話せなくて。。」
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「。。。。。。。。最後に一ついいですか?
なぜ、いろいろお話してくれたんですか?
何か、今日いいことでもありましたか?」
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「二つの質問ですね。
.では、ひとつだけ答えましょう。
コンクリートに石突きが、コツコツと、響いてくれました。
. 馴染んだ樫の柄も楽しいですし。。
. 冷えたギムレットが待っていなくても、
. それだけで、頬が緩んでしまいましたから。。
では、ごきげんよう。 」
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Bernhard Gutmann (1869~1936) American painter
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11 「 小路のそまるころ 」
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敷き詰められたのは、茜の木の葉。
広げた梢の指先から、まひ落ちながら、
色鮮やかに小路を染め上げていく。
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ねえ、あなた。
覚えている?
毎年、この道を歩いたわね。
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春に、夏に。
そして秋に。
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お気に入りのベンチ。
あなたは、ゆっくりと座って。。
季節を楽しんでいた。
僕の一年は、この季節で店じまいって。。
私の方を見て笑ったわ。
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私は冬も好きなのに、
あなたは家から出ようともしないから。
ここにはなかなか来れなかった。
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いつもそうなのかいって聞かれた。
何を聞かれているのか、よくわからなくて。。
あれが初めてのデートの質問。
緊張して、ちんぷんかんぷんなことを答えたわ。
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あら、学生さん。
二人連れの学生さんが向こうから歩いてくるわ。
ちょうど、うちの子たちと同じ年頃かしら。。
ちゃんとあいさつしてくれた。
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後姿がきれいね。
足音がかろやかに明るく、追いかけていく。
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あっ、また、葉っぱが舞って。。
よかった、お友達が待っているわよ。
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そう。
今日もそうなの。
こんな風にしか組めないわ、足を。
あなたが見ているのだから。。
質問にちゃんと答えられなくて、
ごめんなさいと謝ったら。
いいんだよって。。
それから言ってくれたわ。
しゃんと背を伸ばして、君らしいって。
できたら、ずっと隣に座ってくれないかって。。
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あの二人、もうあんな向こうまで。。
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ありがとう。
見送らせてくれて、うれしかったわ。
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どうか、よい航海を。。
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Hans Anderson (1857~1942) Danish painter
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12 「 愛のたより 」
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Stefan Luchian (1857~1920) Romanian painter
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美しく
あかるく
静けさの中に華やかさが横たわって。。
やわらかくも、風変わりな一枚
笑顔にたたずむのは
午後のおだやかな眼差し
ある人は気づかれるかもしれません。
構図のかすかなトリックに。
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そう。
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女性の顔が椅子の背に。。
腕の向きはささやかなパラレルに。。
花の連作で名高い、画家が残した一枚。
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もしも、です。
画家の指が、麻痺に支配されて、
終焉の数年間、
絵筆を手首に縛り付けて描いていたとしたら。。
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もしも、ですよ。
これが彼の最後の一枚だったとしたら。。
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あなたはもう一度、
絵を眺めることになるのかもしれません。
絵の中の彼女に、思いを語るために。
こころに生まれた、不思議な何かを伝えるために。。
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13 「 エンドロール 」
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今日が友情の始まり。
そう、思えるのさ。
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君たち、どう思うかい?
聞くのはよそう。
何も言わないでくれたまえ。
くしゃくしゃになったハンカチーフはいらないってこと。
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見てくれたから。。
聞いていてくれたから。。
それだけで、十分さ。
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僕は歩いて行く。
そして、彼女も、ね。
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舞台は閉じていく。
カーテンコールはなし。
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もしもだよ。
もし、よかったら。。
まばたきを止めて、
しばし見送ってもらいたいんだ。
彼女と僕があの角を曲がるまで。。
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小さなお話は、これでおしまいさ。
また、いつか、どこかで
新しいお話がはじまる。
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僕は、つぶやく。
彼女を見ながら
君の瞳の中に、僕の人生はあるのさって。。
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エンドロールの中にきっと流れるよ。
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僕たちの最後の台詞が。。
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サルート
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サルート
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僕たちの人生に、静かな乾杯を。ってね。
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Charles Angrand (1854~1926) French painter
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