01 「木枯らしと、裏通り 」
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二つ道を隔てたところにある、
塔の鐘がガランガランと、大きな声で歌いはじめました。
「仕事は終わったよ、皆さん、家路につきましょう。」,と。
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歌声が、家々の壁や屋根を越えて、
街の外れにしんみりと伝わるころ、
急がなければと慌てだすお店もありました。
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温かな食事や、色とりどりの元気の出る飲み物が、
宵の街を賑やかにするために、次々と並べられていきます。
籠に入れられた馬鈴薯や、玉ねぎ
吊るされたニンニクの束。
臓物煮込みの湯気がゆらゆらと立ちのぼり、
焼かれる羊肉の香ばしい匂いがドアから漏れ出して、
行きかう人に、語りかけます。
「旦那さん、寄り道しませんか?」
「今日の嫌なことは、今宵のうちに笑顔に変えましょう。」
「厚いコートを脱がれて、くつろがれませんか?」
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そんなお店がいくつも連なる、街の裏通り。
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ロトとエレーナは、いくつもの店の前を歩いていました。
行きかう大人たちの外套や、買い物かごを、
よけるようにして。。
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美味しそうな匂いのするお店の中を、
ちらっとのぞきこむロト。
エレーナはまっすぐに前を向いて、弟の手を引いていきます。
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ロトの足の運びが、ゆっくりになってきました。
握っている手から、一日の疲れが伝わってきます。
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あまり、かんばしくない日でした。
キラキラの香りのする、楽しそうな笑顔の人たちは、
なかなか立ち止まってくれませんでしたし。。
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ちょっと休もうか?と、エレーナはロトに言います。
ある家の階段が、お坐りなさいと、
声をかけてくれましたから。
ロトはいつの間にか、横で目をつぶってしまいました。
ちらちらと白いものが降ってきます。
ロトを起こして、帰り道を急ごうかなと
エレーナは思いましたけれど、この降り方だったら大丈夫、
もう少し休ませてあげようと考え直しました。
エレーナは、白いものが大好きでしたから、
白いものが、どれだけ降ってくるのか、降りつづけるのか、
なんとなくわかるのでした。
ショールを広げ、二人の頭の上に載せます。
そしてロトの体を少しだけ、抱き寄せました。
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エレーナがふっと気づくと、誰かが目の前にいます。
いるように思えます。
はっきりとは、わからないのですけれど、
何かがいます。
雪の精ではなさそうです。
エレーナをじっと見ているのがわかります。
あたりを見回すと、通りの様子が変わっていました。
輪郭がうすれ、歩いている人の姿もなく、
降っている白いものは、宙に浮かんだまま止まっています。
エレーナはロトの体をぎゅっと抱きしめました。
いくつかのやさしい声が聞こえてきました。
二つの質問をされます。
エレーナは驚きましたが、緊張しながらも、
できるだけ、丁寧に答えました。
誰かはうなずいたようでした。
それから、もう二つ質問をしました。
エレーナは、ゆっくりと答えていきます。
「ロトの咳が、おさまるように、してください。」
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「ロトが大人になったら、
 船員さんにならせてあげてください。。」
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「お姉ちゃん、誰かいたの?」
ロトは、目を開け、エレーナの顔を見上げました。
エレーナは黙って、にっこりと笑っています。
「あっ、雪だね。いつの間にか。」
「僕さあ、夢を見ていたよ。
 お姉ちゃんが、しわくちゃのおばあちゃんになっていてね。
 小さな子供たちと遊んでいるんだ。
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 青く輝く夕暮れが、森の中にあふれていて、
 子供たちが、落ち葉をふわふわっと投げあげているんだ。
 おばあちゃんのお姉ちゃんは、すごく嬉しそうだったよ。」
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ロトは元気よく立ち上がり、エレーナの手を引っ張りました。
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二人は、白いものが浅くつもった通りを、歩き始めます。
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Leon Bazile Perraut (1832~1908) French painter
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02 「 望背の Moonlight 」
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  結ぼれときて、
  ゆかりより生まれし蓮糸
  ようように縁を紡げば、
  なにもて織なせばいいのだろう。
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  遠音に向かい、
  綾羅錦秋の汐おもてに、
  いくとせの笑みを帰そうか。
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 . 浅影に引きて、
  かそけき半白に、
  百なる夕べの、落とし紅をにじませよう、と。
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 想いを追いては
 なさけのゆくへ求めかたく
 万華に鑑の定まるを、胸なかばにて覚えん。
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 望むらくは
 ただ望むらくは
 白きせなにゆゆし憧憬、
 永きにとどまらんことを。
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Edward Potthast (1857~1927) American painter
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03 「 潮風に、耳寄せて 」
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「黙ってバスに乗っちゃえばいいの。」
ジェーンはウインクしながら言ってくれた。
「部屋の鍵なんか、捨てちゃいなさい。」
4杯目のワイングラス片手に、サマンサは怒っていたわ。
「恥ずかしがらないで。」
 誰の言葉だったのかしら。
「ネオンサインみたいなものよ。
 パカパカ点滅していて。。
 目にとまってもさあ、通り過ぎたら。。わかるでしょう?」
苦手な人だったから、あいづちを打つしかなかった。
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また、あの歌が流れてきたわ。
ひまな人だったのかしら。
50個もあるなんて。
恋人と別れる方法をそんなに考えて。。
51番目を思いついたら、どうなるの。
どれかひとつを引いていくのかな、あなたは余りよって。
もし、それが正しい答えだったら。
ぜんぶが正しい答えだったり。。
ひとつの方法があるって、教えてくれた人。
たったひとつだけだよって。
別れない方法は。
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波が寄せてくる。
とめどもなく、いつまでも。
同じ波じゃないのに、
いつまでもくりかえしている。
あきることないのかしら。
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50個もあるのかしら。
それとも50個しかないってこと。
足してみようかしら、波が寄せるように。
引いてみようかしら、波が静かに帰っていくように。
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幸せと不幸せの間には、
たくさんの波があるわ。
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打ち寄せては引き戻されていく。
向こうには
寄せることもできない波が、あんなにあふれている。
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人生には出口はたくさんあると、彼は言ったけれど。
もし入り口もたくさんあったら、
波のように互いに消しあって。。
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それから生まれてくるのは、どちらなのかしら。
波と波が、顔を見合わせるの。
君はどっちかいって、聞きながら。。
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それとも。。
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ねえ、潮風さん、あなたはどう思う?
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George Elgar Hicks (1824~1914) British painter
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04 「 積みわらの午後 」
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「おかしいね、この子ったら。
 じっとパンを見ている。
 ほら、もじもじしないでこちらに来なさい。
 お腹が空いたのかい?
 ちゃんと切ってあげるから。
 それとも全部欲しいのかい?
 あら、母さんの方をじっと見ているよ。
 あなたから、渡してあげるかい?」
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「いいえ、おばあちゃんから、わたしてあげて。。
 この子、おばあちゃんが好きなんだもの。」
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「それは嬉しいけれど、
 やっぱりだよ、それはそうとしても、
 母さんが一番なもんだよ
 でもへんだねえ、もじもじしてさあ。
 あんたの方をちらちら見ているじゃないか。。」
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「昨日、ちょっとしつけたの。
 なんでも手を出しちゃいけないって。
 食べ物は私がいいって言うまで、待ちなさいって。。」
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「じゃあ、ちゃんと言ってあげなきゃね。
 おばあちゃんから受け取ってもいいんだよって。」
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「ほら、こっちにいらっしゃい。
 おばあちゃんが抱っこしてあげようかね。
 あら、やっぱり、お母さんがいいってさ。。」
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「ねえ、母さん。
 この子、今日のことをいつか思い出すかしら?
 えっ何よ、くすくす笑って。。」
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「あんたは、昔、私とお話したこと覚えているかい?
 畑で初めて走り回った日とか、さ。
 私の髪をさわって結ぼうとしてうまくいかなくて、
 泣いちまったこともあった。」
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「そんなことしたの。
 不思議ね、ぜんぜん覚えていないの。
 でも。。」
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「でもって、何だい?」
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「大きなお兄さんのことは覚えているわ。
 誰だったのかしら。
 みんなの笑い声が、あとから聞こえてきたの。
 突然みんなが笑っていて、びっくりしちゃって。」
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「隣村のミゲルが来た時のことだね。
 あんた、じっと見とれていたんだよ。
 叔父さんに会うのは初めてだったから。
 じっと見ていると思ったら、
 ニコニコと近づいて行って、
 ミゲルの膝の上に座っちまった。
 で、じっとミゲルの顔を見上げているのさ。
 それから畑の中にいる間中、
 抱っこされているか、
 ミゲルの手を握っていたってわけさ。」
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「そうだったの、どうしてそんなこと?」
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「ミゲルはまだ若かったし。。
 それにあのころミゲルは髭を生やしていたからね、
 珍しかったんだろう。」
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「そんな? あの頃の私って見る目がなかったのね。
 あら、この子また。
 両手にパンを持っちゃダメよ。
 ほら、どちらかひとつにしなさい。
 あなたのお口はひとつしかないでしょう?」
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「おいたをする手はどっちかなあ? 
 右手かな、それとも左手かな?
 いっぱい、くすぐってあげようか?」
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「母さん、すこしやさしくない?
 私の時はもうちょっと厳しかった気がするわ。」
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「そうだったわね、きっと。
 でも、何でもきつく当たればいいってことはないからね。
 あなたにはちょっと申し訳ないけれど。
 ほら、わたしも若かったのよ。」
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Fredrick Morgan (1847~1927) British painter
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05 「 何をしたのかって? 」
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どうでもいいことなんだ。
何をしてこうなったのか。
なぜ寒かったのか、
いけないことをしてしまった、とか。
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どうでも,いいことだろう?
何をして叱られた
なぜ濡れちゃった、
いいつけを守らなかったの、とか。
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母さんに睨まれた。
おばあちゃんの前に立たされた、とか。。
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どうでもいいことで、ぼくはこうなった。
ということにしておくよ。
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忘れることができるかも。
忘れたら、しかられるかも。
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でも忘れないことも、きっとある。
お椀の中身が、とても温かいってこと。
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きらいな母さんが言ったこと。
涙が枯れ果てるから、泣くのはやめなさいって。
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不思議だね、ぼくの涙は止まってしまったよ。
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Walter Langley (1852~1922) British painter
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06 「 街角の友情 」
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「星占いって当たるかな?」
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「君さあ、そんなこともわかんないの?
 当たり前のコンコンチキだ。
 当たるわけないだろ?
 占いなんて、商売なんだぜ。
 相手を見てから、用意してある予言集から、
 選んで伝えるのさ。。
 外れたときの言い訳まで、用意してあるんだ。」
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「そうなんだ。
 じゃあ、言い訳は、倍くらい用意してあるのかな。
 気が利いているなあ。
 最近仕事でついていなくて。
 煙突の中をずり落ちて、
 ズボンのお尻やシャツの肘は破れたし。
 親方から、連続、3度も叱られちまった。。
 マジで運勢でも占ってもらおうって考えていたんだ。
 いったい、どうすりゃいいんだ。」
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「占いってやつは、気にしない方がいい。
 それに、そんなしけた顔していちゃ疫病神くらいだぜ、
 寄ってくるのは。
 世の中、そんなに捨てたものでもないさ。
 ときどき美味しいお話も転がっているし。。
 僕は、ちょっと金儲けのネタを知っているんだ。」
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「何だよ、おれにも一口乗せてくれないか?
 おれと君の仲だろう、頼むよ。」
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「君さあ、甘いんだよ。簡単に教えていたら、
  あっという間に、みんなが知ってしまう。
  成功の秘訣ってやつは、
  美味しそうなお金の香りがすることは、
  じっと懐に入れて、抱きしめておくものさ。
  わかるだろ? しゃべればしゃべるほど、
  二分の一、三分の一になっていく。」
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「それって、分け前のことかい?
 そんなこと言わずにさ。
 分け前は君の半分でもいいし。
 そうだ、日曜の食事を奢ってあげてもいい。。」
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「金の卵を産むガチョウの話を聞いたことあるだろう?
 あのガチョウほどではないけれどさ、
 ちょっとした特技があるんだ。
 それで、ちょいと一山当てれるかなってさ。。」
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「どんな特技なんだい?」
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「うん、ちょっとね。
 ごにょごにょの、ごにょごにょさ。」
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「ごにょごにょじゃ、とんとわかりやしない。
 もったいぶらないで、教えてくれよ。
 食事に、ワインも2杯つけるからさ。」
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「そうか、そこまで言うなら。。。。」
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「どう、言った通りだろう?
 君、片足で踊っているじゃないか。
 なかなか素敵なステップだぜ。
 この相棒、本当にレッスンするのが上手なんだ。
 日曜の夕食、楽しみだな。
 じゃあ7時に、たらふく亭で、ということで。」
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Paul Charles Morean (1855~1931) French painter
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