絵画と散文のコラボ、ささやかな寓話、児童文学、犬や小猫のお話 

第二章 「思慮深き花」

第二章 「思慮深き花」

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いつか、お花畑の幸せは、
さわさわと広がっていきます。
春の息吹が溢れるように、野面をおおって、
あたり一面は歓びの春。

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輝きの6月から、緑あふれる夏の盛りへと季節は巡ります。
命のよこには命がいくつも並ぶ、歌うたいの祝祭の月々。

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そして、すこしずつお日様が、
小首をかしげるようになり、
あたたかな朝焼け、夕焼けの、日々。
空と大地が頬を赤く染め上げる秋が、やってきました。

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木々の伸ばした緑の手は、しだいに細くなり、
向こうの景色をこっそりとのぞかせては、
すいすいと背伸びしている空の、
絵模様になっていきます。

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あざやかな変幻の舞は、
敷き詰められた落ち葉の絨毯になり、
かさこそと、風に運ばれては、
めぐる季節の足音にまぎれてゆきます。

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そろそろと、男は、冬の歓迎を始めます。
大好きな冬ですから。
いろいろと準備をしてありました。
どんなに寒くなっても、平気で外に出れる、
寒さ知らずのコート。
内側が毛皮付きのブーツ。
山積みされた本の匂い。
暖炉にくべるマキもどっさりと。
ドアが氷で張り付いてしまったときに、
笑顔になれるように、蜂蜜のお酒も二樽。

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さてさて、今度の冬は、何を書こうかと、
思案のひととき。
いくつかの書きかけの物語を、
ちゃんと仕上げることができるかもしれませんし、
新しいお話が生まれるかもしれません。

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こんな風に、にこにこと、冬は始まりました。
窓ガラスの外に薄く白い物が
挨拶をするようになっても、
今年の冬は、順調です。
赤や緑のリボンで束ねられた原稿の筒が、
籐で編まれた籠に、
ふたつ、みっつと増えていきます。

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幸せな男は、ちょっと考えました。
いいえ、思い出したのです。
去年の冬のことを。
書き終えることのなかった、あの物語を、書こうかと
考えはしましたが…..

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たった一度だけです。
二度目はありませんでした。

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.Edouard Vuillard - Roses in a Glass Vase 600

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あたり一面が、白い雪で覆われたその日から、

お花が、一輪ずつ届けられています。

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原稿の置かれた机の上や、暖炉の上にも、
花たちの笑顔があります。

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北風と太陽のどちらかが強いのか、弱いのか。。
その命題は、振り向かれることもありませんでした。
すこし賢くなったのでしょうか。

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ひさしにぶら下がるつららが、
腕ほどの長さに、伸びたころ、
どうしてもという、
何故と、聞かれても困りますが、
とにかく、どうしても書きたい物語が、
終わりました。

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なかなかの出来具合に、ついつい、
二日続けて、蜂蜜酒の乾杯に。

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三日目に、少しふらふらする頭を、
シャキッとさせなければと、考えます。
男はさほど、傲慢ではありませんでしたから、
だれかに、感謝の気持ちを表したかったのです。

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もう少し、冷たい銀色の世界は、
時間を残してくれています。
だれに、そして、何のお話を書こうかと、
しばらく迷っていましたけれど、
部屋の中で、男を見守り続けていた、
花たちのことを書こうと決めます。

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花の名前に、あまり詳しくない男は、
辞書や図鑑で、一つ一つ調べていきます。
いろんな名前の花がありました。

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部屋の中の、お花を見てみると、あるころからか、
黄色や、三色に華やぐ花が、
いくつもあることに、気づきました。

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そういえば、お外を散歩しているときにも、
あちらこちらで、見ていたお花です。
高さは足首と同じくらいか、
ほんの少し高いくらい。
冷たい風が吹いても、
倒れることもなく咲き続けています。

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花の名前に無頓着な男にも、
その名前はわかりました。
パンジーです。
それから、語源を思い出します。
あたりを見回すと、
お花畑が少し広くなっています。
まだ時間がありそうです。
花の世話をされる人の姿は、見当たりません。

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男は、一週間かけて、
「思慮深い人の、心に咲く、花物語」
を、書き上げました。

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ふんふんと、肯きました。
うまく書けましたから。
2度3度、読み返します。
「パンセ」、「考える」というフランス語が、語源でした。

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janmankes 2..600

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つぼみが下を向いている姿。
人が頭を垂れている、物思いにふけっている姿から、
そんな名前がついたのです。

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去年の失敗を、乗り越えて、少しは賢くなれたものだと、
男は、ちいさな笑顔を浮かべました。
ほんのちょっと、声を出して笑いたかったのですが、
そうはしませんでした。
そうです、賢い人、思慮深い人は、
静かに微笑むものなんです。

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原稿の最後に、サインをし、ドアを開けると、
遠くの山の頂にはしろい雪が残っています。
軒の下のつららも、小指ほどに。
あたりには、一面にお花畑が広がっています。
そしてなんということでしょう。
彼の家の周りには、取り囲むように、
パンジーが、咲いているのです。
さまざまな色合いの思慮深き人の花が、一面に。

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その向こうには、春を告げる花たちが、
様々な種類の花が、咲き乱れています。
ヒューッという音とともに、東風がふいてきました。
吹いてきた方を、眺めると、お花畑の人が。

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男は、家に戻り原稿を封筒に入れ、
金色のリボンをつけます。
準備は、完了しました。
ゆっくりと、お花畑の人のところに歩いていき、
ささやかなお礼を伝え、封筒を渡すことができました。

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男は、家に帰らずに、近くの村に行くことに。
ゆっくりと歩きたかったのです。
ほんの少し、
後姿を見てもらいたかったのかもしれません。
気持ちのいい春風の中を、
あの方の笑顔を思い出しながら、
歩くのは、それはいい心持ちがするものなのです。

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しばらく歩くと、ようやくお花畑は終わり、
いくつかの民家が見えてきました。
緑色の屋根の家があります。
庭の前で立ち止まりました。
そこには、パンジーが、
黄、白、紫と、レンガで造られた
花壇の中で、可憐に咲いています。
可憐ですけれど、何か違います。
じっと眺めていると、
玄関の横にもささやかな花壇が。
そちらの花からは、懐かしい感じがしてきます。
近寄って、玄関の花を眺めていると、
窓から、老婦人の顔が見えました。

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男は、聞いてみました。

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お家のパンジーは、本当に立派ですけれど、
なんだか、こちらの方のパンジーが、
わたしには
しっくりと心になじむんですけれど。

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あちらのパンジーもいいんですよ。
でも、少しだけ、大きくありませんか。

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老婦人は、男の足元の花を見てから、笑いました。
それから、イオの話をしてくれました。

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ギリシャ神話のゼウスがイオという
お姫様に恋する物語です。
イオがionになり、由来の旅をへてViolaに変化したことを。
ビオラがパンジーの原種であることも..。

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そして、親切に花ことばまで、教えてくれました。
「誠実な愛」  「わたしのことを思ってください」

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男がそのあと、

どちらに向かったのか、定かではありません。

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